世界選手権リポート2013

【フィギュアスケート世界選手権リポート】 高橋大輔、羽生結弦、無良崇人、それぞれの決意
2013年03月14日

 やっぱり世界選手権は違う! と、毎年のように思う。グランプリファイナル、全日本選手権、四大陸選手権、そして世界ジュニア選手権と、選手たちが一大目標に定めた試合が、いくつも続いた。でもどんな試合と比べても、世界選手権はまったく違うのだ。

 街に着いた途端、目に飛び込んでくる歓迎の垂れ幕やポスター。お揃いのユニフォームで出迎えてくれる、たくさんのスタッフやボランティア。お気に入りの選手たちの噂話や戦況予想を、そこかしこで繰り広げている世界中から集まったファン。そして、最高潮の緊張感をまとって練習リンクに降り立つ選手たち。

 今シーズンの真の王者や女王を決める戦い。しかも今年は、4年間で一番盛り上がる、プレ五輪シーズンの世界選手権だ。参加選手層も4年間で最も充実しており、若手から来年引退を決めているベテランまで入り乱れ、ソチ五輪を彩る主たるメンバーが勢ぞろいしている。

 今年の舞台は、カナダ・オンタリオ州の小都市、ロンドン。

 現地時間3月12日まではメインリンク(バドワイザーガーデンズ)とサブリンクにて、全種目の選手たちが公式練習を滑走する。4年間でオリンピックの次に重要な一戦は、静かに、しかし世界選手権らしい華やぎの中でスタートした。


カナダのトロント空港に到着した高橋大輔=2013年3月11日

 男子シングルの日本勢は、12日昼すぎ、メインリンクに3選手そろって登場。公式練習だけを見るためのチケット(あるいは全日程通しチケット)を買い、開幕前の選手たちを検分しにやってきた大勢の観客を前に、それぞれの色のスタイルで直前の調整を進めた。

 実に4年ぶりの世界選手権。奇しくも前回出場した2009年も、オリンピック前年の世界選手権だった無良崇人は、四大陸選手権からさらに身体を絞っただろうか。「これを試合で見たい!」とグッと手を握り締めてしまう大きな4回転-3回転も、かるがる跳んで見せてくれる。プログラム(SP)を滑りはじめても、ひとつひとつの動作が力強く、日本人離れした骨太な演技スタイルに磨きをかけてきたようだ。

 ジャンプの軸がぶれて失敗するシーンも何度かあったが、彼は気合いが入り過ぎると軸がぶれやすいとのこと。漲(みなぎ)る気合いで、高校3年生のころとは違う、自ら掴みとった日本代表の貫録を見せてくれそうだ。

 「4回転の調子も、崩れないでしっかり跳べています。だいぶ前に出させてもらった時は、社会科見学じゃないけれど、世界選手権という場を体験するような立場でした。でも今回は、順位を狙っていくつもりでいく。そこが、前回との一番の違いかな」(無良)

 世界選手権出場8回目、3選手の中で跳び抜けて経験値の高い高橋大輔。彼がプログラムを滑り始めると、カナダの観客たちのワアアッという歓声もひときわ高くなったのだから、さすがだ。

 しかし4回転は崩れ落ちるように転倒するなど、ジャンプの調子は決して良くない。プログラムも最初は流し気味で、リズムをとりつつ顔の動きだけをつけて滑ったりもしている。そんな様子を見ていても……いや、この人は、どんな練習をしていても大丈夫、という気になるのが高橋大輔だ。

 大きな試合への合わせ方は誰よりも知っているし、世界選手権の怖さだけでなく、楽しみ方も知っている。それにいったん気持ちを入れて動きだせば、見せるのはそこにいる誰よりもきれいなシルエット。いつまでも目で追っていたいスケートをするのは、やはりこの人だ。

 フリー「道化師」も、大事に彼なりに育ててきたものを、今季の集大成として見せるつもりだろう。これまでよりもさらに音楽と一体となった滑り、彼の動きにこちらの心も沿わせていくと、最後のフィニッシュでピタリと彼が止まった瞬間、ぞわりと鳥肌が立った。調子は最高と言えなくとも、最低限納得するパフォーマンスを見せる準備にぬかりはない、そんな高橋大輔だ。

 「ジャンプの調子は、良くないですね。シーズン最後まで、良くない(笑)。でも、4回転の2度入ったプログラムをこなすために、滑り込みに重点を置いてきました。体力の心配はもうなくなるくらい、いい練習をしてきたと言えます。でも、今のジャンプの調子を考えると難しいけれど……もちろんパーフェクトな演技をしたい。次の課題に向かうためにも、世界選手権は必要なステップ。やり残したことがないように、思いっきりやりたい。結果は、思い切りやったあとで受け止めますよ(笑)」(高橋)

 そして全日本チャンピオン・羽生結弦は、他のふたりに比べるとちょっと迷いながら練習しているようにも見えた。無良のようにいい気合いが入っているわけでもなく、高橋のように落ち着いているわけでもない。もうノーマークの怖いもの知らずの新人ではなく、あふれるほどの経験値があるわけでもない。

 滑りだしの頼りなげな様子を見ると、そういえば彼もまだ18歳だったな、と思い出してしまうほどだ。「注目株」「メダル候補」として迎える世界選手権は、実は初めてなのだから。

 しかし驚いたのは、フリープログラムを滑り始めてから。音楽の作りだすシーンのひとつひとつに、しっかりと気持ちを乗せていく様子は、へろへろだった四大陸選手権とは別人のようだ。ジャンプさえ、感情の流れの中にきれいにはまるような跳躍を見せている。これが1月、「ジャンプでも表現をする。どのジャンプも、曲の雰囲気に自分の跳躍を乗せて、より余韻を持ったジャンプに見えるように」と言っていたもの、手探りの中で見つけつつあるものだろうか。

 まずは得意のジャンプの美しさを、プログラムのアクセントとして、最大限に際立たせる。そこに、自分の気持ちをなめらかに乗せ、途切れの無いプログラムのストーリーを紡ぎだしていく――なかなか表現しきれずにいたフリープログラムで、「でも、俺の『ノートルダム』はこれだから!」と言えるようなものを、見つけてきたのかもしれない。

 やはり、羽生結弦は羽生結弦。限られた時間、山積みの課題を前にしても、自分の出来るすべてのことをやりきって、最後の大一番の前に乗りこんできたようだ。

 「去年は乗れたことが奇跡、みたいな感じ。でも今回は自分のけじめとしても、表彰台に上がらなきゃいけないな、と思っています。去年は、世界選手権であんな演技ができたことすら、自分の力じゃないような気がしていました。今回は本当に、やっと自分の足でここまで来られた。しっかりと、自分の力で表彰台をつかみとりたいし、皆さんの応援もしっかり受け止めて、演技で返せたらいいな、と思う」(羽生)

 また今大会、会場でチーム・結弦の重要人物に会えたことがうれしかった。

 フリー「ノートルダムの鐘」の振付師、デイビッド・ウィルソン。試合がカナダで開催される時にしか会うことができないデイビッドだが、今回は開幕前、さっそく羽生結弦とのフリー制作エピソードを聞くことができた。今シーズンは羽生のほかに、ハビエル・フェルナンデスのフリー「チャップリン」、パトリック・チャンのフリー「ラ・ボエーム」も振り付けており、男子シングルトップ争いの重要なカギを握る人物だ。

 「ユヅルとハビー(ハビエル)はいつも一緒に練習してるでしょう? だからユヅルはハビーのプログラムを全部滑れるし、ハビーは結弦のプログラムをそのまま覚えてるんです。君たち、試合でも交換して滑ってみたら? なんて冗談も言うくらい(笑)」

 そんな楽しい逸話も交えたインタビュー、また後ほどお届けしたい。

【フィギュアスケート世界選手権リポート】
男子SP――成長を見せた無良崇人。羽生結弦はアクシデントとどう対峙するのか
2013年03月15日

 ショートの順位は11位とはいえ、無良崇人のフリーへの見通しは悪くはない。

 「4回転……力が入り過ぎましたね。練習で調子が良かった分、緊張してしまって、完全にトウが付けない状態で踏み切ってしまった。試合でこんな失敗をするなんて、初めてです」

 練習では常に動作の細かいところまで確認し、着氷率もどんどん上げてきていた。「絶対に跳ぶ!」という強い意思で作り上げてきたあの4回転を見せられなかったのは、ほんとうに残念だ。しかしSPの無良が素晴らしかったのは、4回転を失敗したあと、即座に気持ちを切り替えられたことだ。

 「4回転があんな失敗だった分、『もう次!』って割り切って、吹っ切れて次に進めたんです。そこは4年前とは全然違ったかな」

 もし無良崇人が単純なジャンパーだったら、跳べるはずの4回転を落としたことを、ひたすら悔いるばかりのコメントをしていただろう。でも今の彼は、違う。4回転以外の部分をあれだけ見せることがどれだけ難しく価値のあることかを知っているし、それを自分ができたことも知っている。

 気持ちを吹っ切って跳んだ得意のトリプルアクセルは、わあっ! と客席が驚きの声を上げるほどの、大きさと力強さ。コンビネーションの3-3も問題なく、加点も着実に得た。この勢いで4回転も跳んでいたら、かなりの評価をもらえただろうに……と見ている側は悔しくなったが、本人は4回転の失敗を引きずらず、プログラムを捨てることも一切なかった。

 彼によればプログラムの動きには、「柔らかい動き」と「力強い動き」があり、自分はもともと力強い動きが得意なタイプ、なのだそうだ。柔ではなく、剛。そんな彼がコロラドスプリングスの振付師、トム・ディクソンの指導で柔の動きを身につけ始めたのが、この2年のこと。

 「でも柔らかな動きができるようになると、もともと自分がどんなふうに力強い動きをしていたのか、わからなくなちゃったんですよ!」などと苦笑いしていたのが、2012年の夏。そこからSPの大きな舞台まで、何度も試行錯誤を重ねてきたのだろう。

 この夜の「マラゲーニャ」は、軽やかさと力強さが共存した、スケーターではなく踊り手によるマラゲーニャだった。噛みつかんばかりの気迫に満ちたポージングでドキッとさせ、舞うようなステップには男の色気を漂わせて。

 「トウループの失敗以外は、自分でも満足しています。エレメンツにもひとつひとつに加点がついた。そうでなければ順位ももっと、落ちていたはずですよね」

 一番跳びたかった4回転は、跳べなかった。でもそれ以外はすべて満足だという無良のコメントには、表現技術だけでなく、大きな気持ちの成長も感じられる。

 3月15日のフリーに見せるのは、ショートプログラム以上に印象的な「将軍」。今シーズンの彼の躍進を象徴するプログラムが、待っている。

 そして問題は、羽生結弦だ。

 大きく転倒した4回転トウループ。見たことがないほど軸が斜めに曲がったトリプルルッツ。あそこまで磨きあげたのに、まったくいつもの彼らしさが出せなかったプログラム。どう見ても、普通の状態ではない。世界選手権の課題はフリーと言われてきたが、それ以前、世界最高得点までマークしたショートプログラムで、まさかの9位だ。

 一部報道にあったように、膝の故障を抱えて試合に臨んだことは、オーサーコーチも認めている。しかし今回は羽生自身が、「フリーが終わるまで、そのことは言えない」と発言しているため、現時点でケガの詳細なレポートは控えたい。


男子SPの演技で着氷に失敗する羽生結弦

 彼は、いつだってそうだ。ジュニアのころからケガをしやすかったが、腰を痛めても足を痛めても、自分からは一切明かそうとはしない。

 試合が良い結果で終わった後でさえ、そうだ。たとえば2012年の世界選手権。

 「ケガは、自分のミスでしたものです。ケガを乗り越えてのメダル、なんて言われて、ヒーローになる資格なんてない」と、試合後でもなかなか事実を明かそうとしなかった。

 その時は、重度の捻挫を抱えたまま出場し、フリーでパーフェクト。

 しかし今回は脂汗をたらすほどの痛みのなか、ショートプログラムで二つのジャンプを失敗してしまった。

 4回転トウループは、ほんとうに微妙なタイミングで跳ぶジャンプだ。跳躍前に膝を屈伸させた時、痛みが走って不安がよぎれば、それだけで彼の作り上げてきたリズムやタイミングはずれてしまう。「いけるのかな?」と躊躇し、ほんの零コンマ何秒動きが遅れただけで、失敗につながる。公式練習ではなんとか成功していたジャンプも、音楽に合わせて跳ぼうとすると、やはり難しい。

 4回転で転倒したあとの3回転-3回転は、さらに痛みが大きかっただろう。痛みで膝がうまく曲がらなかったことで、あれだけ軸が斜めになってしまった可能性が高い。

 ショートプログラムでこの状態では、フリーの4分半、持つのかどうか。冒頭の二つの4回転で一度でも転倒したら、その消耗の大きさは、正常時の比ではないだろう。高得点のために後半に入れているトリプルアクセルも、かなりきつくなる。プログラム構成の見直しも、必要になるかもしれない。

 事態は、一年前よりも厳しい。しかしこの一年間しっかりとケガの治療と身体作りをしてきたことで、羽生結弦は一年前より、自分の身体のことをより深く知り、より深く考えるようになった。かつてはまわりが身体を心配しても「大丈夫、大丈夫」の一点ばり。ストレッチなど、ケアにも熱心ではなかった彼が、一年前の大きなケガによって大きく意識を変えたのだ。

 「身体のケア。僕にしてはだいぶ、がんばるようになりましたよ! 指圧の青嶋(正)先生に習ったストレッチも続けているし、先生に施術してもらった時の感覚を覚えていて、簡単なケアなら自分でもできるようになりました。身体って、正直なんですね。ちゃんとケアをしていないと、先生にすぐばれちゃう。それで半強制的にやってきたことが、今はなんとなく、毎日の習慣になっちゃったんです。

 ケガのことも、もう心配をかけるわけにはいきません。『大丈夫!』なんて、無責任な発言はもうできない。そこはけじめをつけて、ケガはしています、でもケアもちゃんとしています、って、言おうと思う」(シーズン前のコメント)

 幸いなことに、今回はショートプログラムとフリーの間が、一日空いた。ジャンプ構成を検討する時間も、鍼治療などで滑れる状態に持っていく、コンディション作りの時間も少しはある。

 フリーでは、彼がどんな滑りを見せるか、だけでなく。これからしばらく日本のスケート界を背負っていく男が、大きなアクシデントとどう対峙するのか。しっかりと見届けよう。



  • 最終更新:2017-11-27 23:29:29

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